LOGIN草原の中心に、黒い渦を巻いてテラーウルフが出現する。残忍な顔つき、漆黒の体毛、巨大な白い牙。その圧倒的な存在感に、トウマの背筋から冷や汗が伝った。
テラーウルフが高々と吠える。
「ガアルルルゥゥッ!」
ドンと音がして空中に文字が表示された。
――クエスト、テラーウルフの撃破
「ボスだ、逃げろ!」
「俺は死ぬ訳に行かないんだー!」
「私はせっかくレベル3に上がったんだからね!」
ウミがすぐに反応した。その表情は恐怖に彩られており、モフモフとした尻尾がピンと立っている。勢いよくこちらを振り向いた。
「ご主人様、どうすれば!?」
「ウミ、動くな」
トウマは状況を冷静に分析する。二人はまだレベル1である。
戦っても勝てない。他人を助けるなんてもってのほかだ。
死ねばデスペナルティ。
トウマの下した決断は、
「逃げるしかない」
「でも、みんなが困っています!」
「他人よりも自分の命が優先だ!」
「見捨てられません!」
「落ち着けウミ」
「これが落ち着いていられますか!」
逃げ惑うプレイヤーたち。
その中には勇敢に立ち向かっているプレイヤーたちもいる。しかしテラーウルフの噛みつき攻撃に遭い、プレイヤーたちのHPバーはどんどんと削れている。やがて一人が地面に崩れた。うっすらと透明になって消失する。
「私、行きますっ!」
「馬鹿!」
ウミが飛び出した。両手に剣を構えてテラーウルフに突撃していく。
:ウミちゃんやばいって!
:戦う前にヴァルでレベルを上げた方が良いよ!
トウマはウミの背中を追いかける。しかし立ちすくんだ。凶暴なテラーウルフに近づきたくても近づけない。
「行っくぞおぉぉお!」
ウミが敵の横っ腹を剣で斬りつける。彼女の攻撃力はバフ効果により上昇している。すぐにボスのターゲットが移った。
「がるるぅあああっ!」
テラーウルフがウミに噛みつく。その一撃でHPの三分の一が減った。
「キャアッ!」
それでもウミは負けん気である。テラーウルフの牙を振り払い、攻撃を再開する。
「ぐっ、このおぉぉおおお!」
:おい主人、ウミちゃんを早く助けろ!
:使い魔を見捨てるとか草。
:どうする? どうする?
:ウミちゃんここでスマイルチャージだ。
トウマは苦々しく吐息をついた。
周囲を見渡す。少し離れたところには森がある。その向こうは山。空にはお日様が出ており、トウマたちをあざ笑っているかのようだ。
尻尾をモフモフと揺らしてウミは勇敢に戦う。
敵のHPは着実に減少していた。とは言ってもまだ半分以上ある。
「グアルルルルッ」
テラーウルフが吠えた。激しく暴れると共に突進する。
周りで戦っていたプレイヤーたちが弾き飛ばされて転んだ。HPを失っている者もいる。
ウミはというと瀕死だった。転んでも立ち上がり、敵に向けて剣をまた構える。しかし攻撃をもう一度受ければ詰みだろう。
テラーウルフの獰猛な牙が、また噛みつこうとしていた。
ウミが叫ぶ。
「人を見捨てて自分だけが生きることに、
何の意義がありますか!」
剣を振るう。
時が止まった気がした。
:ちょっ、ウミちゃん本当に死んだ。
:おい、別の配信見に行こうぜ。
トウマは右手を顔に当てて小声で唱える。
「――フィールドハック」
視界が真紅に染まった。
Enemy ground.
A hole appearing.
Are you ready?
「Sure!」
瞬間ボスンと音がして、テラーウルフは地面に落ちた。突如として出現した落とし穴にはまっている。
周囲のプレイヤーたちが驚いて声を上げた。
「えっ!?」
「何が!?」
まだ死んでいなかったウミが顔を輝かせて振り向いた。
「ご主人様!」
「ウミ! 森へ走れ!」
「森? どうしてですか?」
「倒す作戦がある。テラーウルフを引きつけろ!」
「わ、分かりました! 行きます!」
ウミが背中を向けて走り出す。
テラーウルフはやがて落とし穴から脱出し、ウミの背中を追った。
トウマはグラヴィティラインを使うかどうか迷う。
あの巨体を拘束できるか?
効果が切れた後で、こちらにテラーウルフのヘイトが向くかもしれない。
未知数である。
トウマも駆け出した。テラーウルフの後を追いかける。
(ウミ、死ぬなよ)
効率を言っている場合では無かった。
今は、生き延びるのが最優先だ。
あれから二日が経過していた。 朝。アパートの広い室内で、ユウマは一人目を覚ました。身体をひねって布団をはぐ。ベッドに腰かけて目をこすった。 大雨が降っているようで、窓をバタバタと叩いていた。まだ梅雨明けしていないのだろうか? 憂鬱な朝だった。冷房をつけっぱなしで寝てしまったようで、空気はひんやりとしている。 真帆はいない。 ――トウマ、あたし、帰るね。 一昨日、彼女はそう言ってどこかへ行ってしまった。一体どこに帰ったのだろう? 真帆の帰る場所はこのアパートしかないというのに。もしかして、七見丘に帰ってしまったのだろうか? レベルを1に落とされた自分に愛想を尽かしたのかもしれない。 どこにいるのかは分からない。だが、真帆がまだゲームを続けているのは確かだった。ゲーム内のステータス画面から、彼女がログインしているかどうかを知ることならできた。「……帰ってきてくれ」 彼女にはチャットを打ってある。ゲーム内で電話をかけた。現実でも電話をかけた。だけど、彼女が出てくれることは今のところ無い。 窓からは、雨雲越しに薄明かりが差し込んでいた。ピンク色のカーテン、ピンク色の布団カバー、ピンク色のカーペット。全部、全部お前の好みじゃないか。お前がこの色が良いって言うから、選んだんだぞ。 ベッドからよろよろと立ち上がる。昨夜は酒を飲んだので、机にはビールの空き缶が置かれてある。体調がかなり悪かった。酒が弱いくせに、無理して飲むからこうなる。ちょっと吐き気もした。額に手を当てる。……大丈夫、熱は無さそうだ。 机の上には真帆の化粧道具と鏡も置いてある。彼女の存在がしっとりと思い出されて、思わず目が潤んだ。「……どこへ行った?」 部屋を出る。シンクで水を一杯飲み、それから簡単な料理をした。目玉焼きとインスタントの味噌汁。納豆を用意した。だけど、炊飯器にはご飯が炊けてない。舌打ちをした。仕方無く食パンを食べることにする。食パンに納豆をかけてかじった。 ひどく味気なかった。 ……真帆。 お前がいてくれれば、楽しい朝ご飯なのに。
どうして自分たちばかり、こんな目に遭わなければいけないのよ。 もう散々だ。 疲れた。 ルスプルの道具屋前の石畳だった。 ベルフラウは建物の壁を背に、一人うずくまっていた。三角座りをしており、両手で膝を抱えている。 トウマたちから逃げるように、転移石を使ってワープしてきた。今頃彼らはびっくりしているだろう。ベルフラウがいなくなったことを悲しんでいるかもしれない。悲しみを通り越して、呆れているかもしれない。 小雨が降っていた。さらさらと降り注ぎ、地面を浅く濡らしている。NPCの親子連れが傘をさして歩いていた。子供は緑色のカッパを着ている。子供が「雨雨ふれふれ」と口ずさみながら、長靴の底を弾ませて歩いていた。こっちの気も知らないで、のんきに振る舞わないでよ。憎たらしい。(あたしはいつから、こんなに嫌な女になったのだろう) 対面の建物の軒下では、肩に傘をさしたままギターの弾き語りをしている女性がいた。どうしてゲーム内で歌うのだろう? 現実でやればいいのに。 ベルフラウの家には一千万円ほどの支払い義務がある。 一週間後には、トウマがお父さんにお金を貸す約束だ。 けれど。 けれど、これじゃダメじゃない! キャルル丸は乗り物コロシアムで優勝できなかったし、 そのせいで賭けに負けてしまった。 そして先ほど、トウマはレベルが1に落ちてしまった。 レベルを戻すだけでも、1000万ヴァルでは利かない。スキルやアビリティレベルも合わせれば、もっともっとかかる。 王城争奪戦に勝てない。 王城争奪戦はルール上、団長が死ねば、そのギルドは敗北だ。 負ければお金が入ってこない。 1ヴァルたりとも。 ベルフラウの呼吸が荒くなる。(はぁ、はぁ、はぁっ……) お金を払えなければどうなるのだろう。 お父さんはどうなるのだろう。 お母さんは?(あたしたちは?)
「これはこれは皆さん、お集まりのようですねぇ。楽しんでいますかぁ?」 夜月のひずんだ声が響いた。 彼の隣にはモナがいる。レベルブレイカーの剣を右手にぶら下げていた。 トウマは食事をやめてすぐに立ち上がった。夜月に身体を向ける。ステータス画面からブラウンのステッキを取りだして、警戒をあらわにした。 トウマが尋ねる。「夜月、何をしに来た?」「そんなに警戒しないでくださいよぉ。トウマさぁん、私はただ、乗り物コロシアムの優勝者と準優勝者を褒め称えに来ただけでありまして、ねぇ?」 夜月の唇が三日月のようにつり上がる。「お前に褒められても、気味が悪いだけだけどな」「それはひどいことをおっしゃる」「夜月、早々と立ち去ってくれるか? お前がそばにいると、安心して飯も食えん」「安心して食べていただいて大丈夫ですよ?」 トウマの仲間たちはすでに椅子から立ち上がっていた。ステータス画面から武器を取り出している。 辺りを走り回っていたNPCの子供たちがこちらを不思議そうに見つめていた。料理人たちが怪訝な表情をして手を止める。他のテーブルで食事を摂っていたプレイヤーたちも食事をやめた。空気がざわついてきていた。 ウミが口を開いた。その口から鋭い八重歯が覗いている。「お前、どっか行けですぅ!」「ひどい言いようですねぇ。ウミさぁん。私はこんなにも、皆さんと仲良くしたいと思っているのに」「お前と仲良くなんてしたく無いですぅ!」「ウミさぁん、どうです? 今日を機会に、私の仲間になってはいかがですか?」「は?」 ウミの目が点になった。モフモフとした尻尾がピンと立つ。彼女が声を紡いだ。「なるわけ無いです!」「振られましたか。そうですかそうですか。仕方ありませんねえ」 夜月は芝居がかった仕草で両手を開き、首を振った。 ニキとキャルル丸がトウマの隣に並んだ。女たちを守ろうとするかのように肩をいからせている。 ニキが言い放つ。「夜月、お前どうせ、またレベルブレイカーで俺っちたちのレベルを落とそうっていう魂胆だろ?」「何を言っているんですか? ニキさぁん。その言葉、さっぱり理解できません」「じゃあ、お前の隣にいるモナが持っているレベルブレイカーは何さ!?」「ははは、これはですねぇ。さあモナ、始めますよ」 夜月が指示した。 モナがうひひと笑って頷く。
「キャルル丸ぅ、どうして棄権したですかぁ?」 ウミがキャルル丸のあごを撫でる。 キャルル丸は微妙な顔つきで頭を垂れた。「きゃるるぅ」「すまない、じゃないですよぉ? みんなが賭けに負けちゃったです!」「きゃ、きゃるー」「もぉー、これじゃあお金を投げたのと同じですぅ」「きゃ、きゃるるぅ……」「私はキャルル丸が勝てるように、キャルル丸にヴァルを与えて、レベルを上げたんですよぉ?」「きゃるぅ」「すまん、じゃないですよ、もう!」「きゃ、きゃるるぅ」「キャルル丸、そんなにエリザさんが好きなんですかぁ?」「きゃるる!」 アランクルスの円形闘技場前では、キャルル丸の反省会が行われていた。 太陽が西に傾いてきている。涼やかな風が吹いており、ウミの髪がゆらゆらとなびいていた。 NPCの子供たちが走り回っており、鬼ごっこをしているようだった。男の子が「ここまでおいでよー」と叫んで逃げて行く。女の子が「待って待って」と言って追いかけていた。出入り口の両脇では、料理人が調理をしている。上質な肉が豪快に焼かれていた。香ばしい匂いが漂ってきている。 地面にはたくさんの丸テーブルが出されており、肉料理を中心とした豪華な品物が並んでいた。グラスオースのメンバーは椅子に座っており、食事をしていた。だけどみんなのテンションは低い。キャルル丸が決勝戦を棄権したからだった。キャルル丸とウミだけは立っており、ウミがキャルル丸にお説教をしている。キャルル丸の背後にはエリザもいた。 配信はキャルル丸に対する苦情ばかりであった。なので先ほど配信中止した。 椅子に座っているニキがみんなに頭を下げる。「みんな、ごめんさっ! キャルル丸が負けちゃったよ。キャルル丸に代わって、主人の俺っちが謝らせて欲しい!」 トウマがあごを手で撫でる。「ふむ、仕方無いだろうな。これは」「仕方無く無いわよ! 戦って負けたのなら分かるけれど、棄権って何?」 ベルフラウはぷんぷんと怒っている。 その肩にトウマが手を置く。「そう言うな、ベルフラウ。勝負には負けたが、キャルル丸には晴れて恋人ができたんだ。これは喜ばしいことだ」「だけどダーリン。50万ヴァルの大金が無くなったのよ? みんなの分を合わせれば350万ヴァルよ? あたしたちのお金が、パーになっちゃったわ」「……そうだな」 トウマが顔
「キャルル丸ーん、あたいに勝ちを譲ってくれないかしら?」 エリザがとろけるような甘い声を響かせた。 キャルル丸の額から汗が垂れる。「きゃ、きゃる……」(ど、どうすれば……) 乗り物コロシアムの決勝戦だった。 試合場の地面の上、キャルル丸とエリザは一定の距離を置いて対峙している。キャルル丸の体は竜に戻っていた。 観客たちの声援は今までで一番大きかった。NPCの子供たちが興奮した様子でフェンスを掴んでいる。子供たちは口をいっぱいに開けて「頑張れー!」と叫んでいた。 空の太陽は傾いてきている。雲一つない青空があった。青空をぐるりと回るようにトンビが泳いでいる。ピーヒョロロと鳴き声を上げた。:キャルル丸! 絶対に勝ってくれよな!:お前に50万ヴァルをぶっぱしてるんだぞ!:キャルル丸ちゃん、頑張れー! キャルル丸は首をぶんぶんと振った。申し訳なさそうな顔つきでエリザに告げる。「きゃるるぅ」(エリザよ、勝負をするぞ)「勝負をするって、キャルル丸、貴方まさか、あたいを殺すつもりなのかしら?」「きゃる……」(そ、それは……) エリザがどうしてか頬をそめて、照れくさそうに述べた。「キャルル丸、さっきの貴方の戦いはちょっと格好良かったわ。見惚れちゃったもの。もしも勝ちを譲ってくれるのなら、あたいがつき合ってあげなくもないけれど?」「きゃるる!?」(我とつき合ってくれるのか!?) エリザが地面を足で踏み鳴らす。「そうよ、どうする?」「きゃるるぅっ」(つ、つき合ってくれ、エリザ!)「仕方ないわねえ、分かったわ。じゃあ、棄権してよね」 観客席は大ブーイングだった。エリザに向けてやじが飛んでいる。 キャルル丸の仲間たちの声も聞こえた。「何をやってるさ! 戦わなきゃダメだろ!」とニキ。「勝ってヴァルを稼げ」とトウマ。「口車に乗っちゃダメ!」とベルフラウ。「きっと罠ですよぉ!」とウミ。「エリザ、キャルル丸に話しかけるな!」とアイギス。「みんなが勝ちを願っているよ!」と晴恋。 キャルル丸は俯いて首を振る。(……どうすればいいのだ) エリザが畳みかけるように声をかける。「ほら、キャルル丸。棄権しなさい」「きゃ、きゃるる、きゃるるぅ」(え、エリザよ。我は仲間たちに優勝を期待されていてな)「そんなの知らないわよ。キャルル丸、あたいとの
「これで終わりだ!」 こちらに向かってテレサが走って来ている。テレサにまたがっている黒騎士が槍を振り上げた。トドメの一撃を繰り出すつもりのようだ。キャルル丸の心を絶望がむしばむ。 夜月しか勝たん:テレサは最高のダークホースですよw キャルル丸の世話係:動いてキャルル丸! 溶けた50万:……死んだな。 地面に転がっているキャルル丸が顔を上げる。 残りHPはあと一メモリだった。 口の中に土が入ってしまったようで、じゃりじゃりとした。(ちくしょう、死んでしまう) その時キャルル丸の脳裏に浮かんだのは、 どうしてかニキの顔であり。「キャルル丸、立てよっ!」 観客席から、主人の声が大きく響き渡った。 こんな自分を心から愛してくれた。 時には叱ってくれて、 時には慰めてくれた。 いつも隣にいてくれる存在。 優しい、 優しい主人。 彼の期待に応えたい。 テレサの姿が眼前にあった。馬上の黒騎士がキャルル丸に向けて槍を振り下ろす。(動け、我の身体!) 動け! キャルル丸の顔が勇敢に引き締まった。「キャルルアアアッ!」(ルミナスウイングッ!) キャルル丸の背中に白く輝く翼が広がる。勢いよく飛び立った。敵の槍を回避して、素早く移動する。テレサの後ろに降り立った。 黒騎士の槍が空を切り裂く。 テレサがつまらなさそうな態度で身体を旋回させた。「貧血のキャルル丸よ、まだそんな力が残っていたか」 キャルル丸はぜいぜいと息をついていた。 やがて、背中のルミナスウイングが消える。 目を尖らせてにらみつけた。「きゃるるっ」(我は、我は負ける訳にはいかないのだ)「ぶははっ、強がりは口だけにしておけよ。お前はあと一撃で死ぬ」「きゃるるっ」
森の道へと入った。 木の葉からこぼれる太陽の日ざし。茶色い小鳥が木枝から飛び立った。落ち葉の多い地面。空気は澄んでおり、森林浴にはもってこいだ。 森の奥へとウミはどこまでも逃げて行く。その背中をテラーウルフが追いかける。そのまた後ろをトウマが追跡するという構図だ。 可愛いは正義勢:ウミちゃん逃げて! 古参ニキ:死んだと思ったらまだ生きてる。 開けた大地にたどり着くとトウマは唱えた。安っぽい木の杖を構える。 「グラヴィティライン」 トウマの杖から青黒いロープが伸びた。テラーウルフの足に巻き付いて拘束する。 「がうばうっ!」 走っていたテラーウルフは前のめりに
ロッジのような一室。木造りの天井と丸太で出来た壁。そこのベッドにユウマは腰掛けていた。 ここがゲームの中らしい。 顔の前にはステータス画面のような半透明の青いボードが浮かんでいる。 システム音声が響いた。 「プレイヤー様。VALORIUMオンラインの世界へようこそ!」 「あ、はい」 「まず、プレイヤー名を決めてください」 「トウマで頼む」 彼の本名は冬野悠馬である。 「トウマ、その名前は使用できます」 「良かった」 「次にゲーム内職業を選んでください」 画面には様々な種類のジョブが並んだ。 そして右上には特別コード入力の文字。そこをタップして、暗記し
ログネストの玄関は広い空間になっている。背の高い天井。タイル敷きの綺麗な床。 しかし、空気は息苦しいほど重かった。 今も、通路からドリンクを汲みに来た利用客がある。ちらりと振り返ると、寝ていないような疲れた顔をしていた。 ふと隣には男性店員に連れられた太り気味の客がやってきた。太り気味の客は男性店員に頭を下げて大声を出す。 「待ってください! あと五時間、五時間プレイできれば、ヴァルを払えそうなんです!」「お客様、すでに退室の時間でございます」 (……ヴァル?) 背中に鳥肌が立つのを感じながらユウマはカウンターに向き直る。 茶色い受付台を挟んで、ユウマの前には女性店員が立って
それは、どこにでもある小さな“シアワセ”だった。 朝。寝息を立てているユウマの肩に、妻が優しく手を置く。 「ユウマ、起きて起きて」「むにゃむにゃ、もっと寝てたい」「駄目。会社に行く時間よ」「ぐぐー、ん、朝?」 瞳を開く。目の前には妻の優しい笑顔があった。ユウマはダブルベッドから上半身を起こし、右手を口元に掲げて大あくびをする。 「ふわあ」「あら、大きなあくびですこと」「朝食は?」「出来ています。着替えて、ダイニングへ来てくださいな」「ああ、分かった」 クスッと笑って妻が部屋を出て行く。スリッパの足音が遠ざかって行った。 ユウマはベッドから出て支度をする。ワイシャ







